2013年02月26日
本当は、逆なのでは?
NLPには、『スライト・オブ・マウス』という言語パターンがあります。
相手の思い込みを”緩める”効果が期待できる言い回しです。
一般には14種類として紹介されますが、
実際に「気の利いた言い回し」として思いつくものの中には
14種類に分類されないものもあるものです。
14種類以外に追加した人たちもいます。
ただ、日本ではオリジナルの人が尊重される傾向が強いようで
その効果ウンヌンに関わらず、他のパターンが紹介されることは少ないみたいです。
例えば、その有名じゃないものの中には、『因果の反転』というのがあります。
因果、つまり「A→B(AがBを引き起こす)」という発想に対して
「本当は、B→A(BがAを引き起こす)のではないですか?」
と伝えるやり方です。
具体例としては
「明確にならないと始められない」(=明確になれば、始められる)
という内容に対して、
「始めることで、明確になっていくものじゃないですか?」
と伝えることになります。
同様に、これは等価に対しても使えます。
等価とは「A=B(AとはBである、AはBだという意味だ)」というもの。
これに対して
「B=A(BがAだという意味)なんじゃないですか?」
と伝える。
こうやって等式で書いてしまうと意味がないように思うかもしれませんが、
言語的な理解においては意味が異なってきます。
特に、「A=B」の関係が、定義を含んでいるときは重要です。
例えば、
「優しい人は、傷つきやすい」
ということに対して、
「本当は、傷つきやすい人のことを”優しい”と言うんじゃないでしょうか?」
と伝える、と。
もう少しひねると、因果の文章から初めて、等価で答えることもできます。
「A→B」に対して、
「本当は、A=Bじゃないですか」、「本当は、B=Aじゃないですか」
と返す形です。
「人は悲しみが多いほど、他人(ひと)には優しくできるのだから」(『贈る言葉』より)
であれば、
「悲しみが多い人のことを、優しいと呼ぶのではないですか?」。
「優しい人にばかり、悲しみが降りかかる」(『スタートライン』より)
に対しても、
「降りかかる悲しみを受け取れる人のことを、優しい人というんじゃないでしょうか」
という感じ。
専門的に言うと、等価「A=B」は、AとBが同じ抽象度ではないわけです。
構造上は因果「A→B」に見えるものでも、両者の抽象度が違っていることがあります。
だから、等価の形に変えてしまっても成立するんです。
少し受け止め方が変わってくる言い回しだと思います。
相手の思い込みを”緩める”効果が期待できる言い回しです。
一般には14種類として紹介されますが、
実際に「気の利いた言い回し」として思いつくものの中には
14種類に分類されないものもあるものです。
14種類以外に追加した人たちもいます。
ただ、日本ではオリジナルの人が尊重される傾向が強いようで
その効果ウンヌンに関わらず、他のパターンが紹介されることは少ないみたいです。
例えば、その有名じゃないものの中には、『因果の反転』というのがあります。
因果、つまり「A→B(AがBを引き起こす)」という発想に対して
「本当は、B→A(BがAを引き起こす)のではないですか?」
と伝えるやり方です。
具体例としては
「明確にならないと始められない」(=明確になれば、始められる)
という内容に対して、
「始めることで、明確になっていくものじゃないですか?」
と伝えることになります。
同様に、これは等価に対しても使えます。
等価とは「A=B(AとはBである、AはBだという意味だ)」というもの。
これに対して
「B=A(BがAだという意味)なんじゃないですか?」
と伝える。
こうやって等式で書いてしまうと意味がないように思うかもしれませんが、
言語的な理解においては意味が異なってきます。
特に、「A=B」の関係が、定義を含んでいるときは重要です。
例えば、
「優しい人は、傷つきやすい」
ということに対して、
「本当は、傷つきやすい人のことを”優しい”と言うんじゃないでしょうか?」
と伝える、と。
もう少しひねると、因果の文章から初めて、等価で答えることもできます。
「A→B」に対して、
「本当は、A=Bじゃないですか」、「本当は、B=Aじゃないですか」
と返す形です。
「人は悲しみが多いほど、他人(ひと)には優しくできるのだから」(『贈る言葉』より)
であれば、
「悲しみが多い人のことを、優しいと呼ぶのではないですか?」。
「優しい人にばかり、悲しみが降りかかる」(『スタートライン』より)
に対しても、
「降りかかる悲しみを受け取れる人のことを、優しい人というんじゃないでしょうか」
という感じ。
専門的に言うと、等価「A=B」は、AとBが同じ抽象度ではないわけです。
構造上は因果「A→B」に見えるものでも、両者の抽象度が違っていることがあります。
だから、等価の形に変えてしまっても成立するんです。
少し受け止め方が変わってくる言い回しだと思います。