2015年06月10日

糖尿病と意識

たまたま話をしていた人が1型糖尿病で、
その人の弟も若い頃から1型糖尿病を発症していた、
ということで、色々と事情を聞かせてもらいました。

病気としての苦労が多いでしょうから
あまり話を逸らしたくはなかったですが、
低血糖状態での脳機能低下の話は興味深かったです。


血糖値が下がってくると適切な判断がつかなくなってくるそうなんです。

例えば、血糖値が下がっているのを体感覚的に自覚したとき
「まだ大丈夫か、家まで持つだろう」と、歩くほうの決定をしてしまう、とか。
それが実際には危険だった、と。

ただし、「適切な判断」かどうかの判断もできないので
後から振り返って「不適切な判断だった」と思うらしいんですが。

心理学の言葉を使えば「意志決定機能」が低下する、ということでしょうけれど、
この話には「意識」というものの仕組みを説明するものが沢山含まれていて
ありきたりの用語で説明してしまうのは勿体ないと感じました。

特に、昏睡になる前に血糖値を再上昇させて意識のレベルが回復すれば
その判断力が低下した状態のことも思い出せるそうなので、
ギリギリの低血糖状態でも「意識はある」し
「体験に対しても意識的」だといえます。

それでも適切な行動を起こすことができない。

その人が弟と、その友人とドライブに行っていたとき
車の中で弟が「お腹が空いた」と訴えたことがあったそうです。

それを聞いて友人は大急ぎでマクドナルドのドライブスルーに入り
弟の意見も聞かず、とにかくハンバーガーとジュースを購入。
ボーっとし始めている弟さんに手渡したそうです。

ところがもう血糖値がかなり下がっていて
「意志決定能力」や「判断力」が低下していたため、
弟さんはジュースとハンバーガーを持ったまま止まってしまったそうです。

はたから見ると、目は開いているのに
ハンバーガー片手にボーっと座っている感じ。

そこで友人がストローをジュースに差し込んだところ、
弟さんはジュースを口に運び、飲むことができたそうです。

ジュースの糖分はすぐに血糖値を回復させ、意識レベルも戻り始め
事なきを得たという話でした。

NLPの視点からすると、ここのポイントは
 ストローがあればジュースが飲めた
ということ。

トリガーとなる視覚刺激(ストロー)があれば
アンカーされた反応(飲む)は引き起こされるわけです。

シンプルな「刺激−反応」の繋がりは維持されていた。

しかし、そのために「ストローをジュースに差す」という行動は
「それによってジュースを飲んで低血糖を回復して危機を回避する」
という数ステップ先のメリットを予測して初めて動機づけられます。

ステップの長さに対応できなくなっているのか、
それともドーパミン系の報酬に基づいた行動が起きなくなっているのか、
正確には分かりませんが、ある種の機能が低下していると解釈できそうです。

心理学の言葉に変えると、
 古典的条件づけは残っているけれど
 オペラント条件づけは機能しない
ということかもしれません。

状況から連想されるパターンの予測は、例えば
 ストローを差すとジュースが飲めて、ジュースを飲むと血糖値が上がる
 →血糖値が上がって気分が良くなる(=報酬)
といった感じでしょうか。

この予測の機能自体が低下しているのか、報酬系が働かないのか、
とにかく「ストローを差す」という行動パターンが起こらなかったわけです。

一方、「ストローのささったボトルを見たら、ストローを吸い込む」とか
「ジュースが口の中に入ったら、飲み込む」といった
シンプルな反応パターンは機能した。

このような状態は、パーキンソン病の患者が歩くときに一歩を踏み出せず、
またぐような障害物を出されると、それをまたごうとして足が動き、
結果として歩き出すことができる、というのに似ていると考えられます。

つまり、パーキンソンのケースでも複雑な一連の行動を動機づけるのが困難で
それでも刺激に対する反応(=障害物があると、またごうとする)は働いている、と。

この類似性を考えると、低血糖時の機能低下は
ドーパミン系による動機づけのところと、より深く関係していそうに思えてきます。

とにかく、こうした現象と、そこに関わる行動を起こすメカニズムを考えると
心理学的な用語としての「意志決定能力」や「判断力」が、
もっと具体的な機能として説明できるのではないか、という話です。


そして、より注目したいのが
 低血糖になって複雑な行動パターンが起こせなくなっても
 自分が何をしているかをモニターする機能はある
というところです。

つまり「意識的」ではあるんです。
「意図的」に行動を考えて決めることはなくなっても。

もう少しいうと、
 意図的に考えている状態のときに働いているはずの機能が低下する
 (=一連の流れを予測して、行動を動機づける仕組みが働かない)
 ため
 「意図的に考えている」という状態がモニターされなくなっている
 (=意図的に考えているという意識がなくなる)
といった状態だと考えられます。

一連の流れを予測して、行動を動機づける仕組みが働いていないと
「意図的に行動を決めている」という意識体験が起こらない。

言い換えるなら
 「意図的に行動を決めている」というフィーリングは
 「一連の流れを予測して、行動を動機づける仕組み」が働いたときに
 主観的に体験される印象に過ぎないのではないか
ということです。

「意図的に行動を決めている」という感じは作られたもので
実際は、予測に基づいて行動を起こす仕組みが自動的に起きていて
意図的なことなんてないのかもしれません。

一方、予測に基づいて行動を起こす仕組みが働かなくなれば
「意図的に何かを決める」という主観的な印象すらなくなり、
ただボーっとした感じだけが残る。

そして分かりやすい刺激があれば、勝手に体が反応する。

そのような状態も主観的に「意識」に上がってはいるんです。

意図や意志決定は起きないので意識には上がらず
勝手に体が動いて行動する(=ストローがあると吸う)のは意識化される。

ちょうど、熱いものを触って瞬間的に手を引っ込めたとき
「体が勝手に動いた」と自覚されるようなものです。

ですから、「意識がある」と「意図的である」は別物だということになります。

意図的でなくなっても意識的ではある、というのもあり得るわけです。

「心がける」という意味で使われる「意識的に〜する」のような表現は
本来、「意図的に〜する」という言葉が適切なんです。

「意識」という言葉の使い方は
 「〜していることに意識的である」
のほうが適切だ、と。


「意識」と「意図」は別の機能だといえますし、
脳の機能としても別のものなんでしょう。

低血糖になってくれば、少ないエネルギーで生命を維持するために
生存に直結した機能のコントロール(例えば呼吸とか)や
シンプルな動作のコントロール(刺激に対して反射するとか)に
糖分が使われるようになると考えるのは妥当でしょうし、
実際にそのようなことが起きているように見えます。

当然、fMRI でも取れば、低血糖時には前頭葉の働きが落ちているはず。
そして出される結論は、
「やはり、意志決定に関わる前頭葉の働きが落ちていますね」
なんてところになるんだと想像されます。

大事なのはそこではないんです。

意志決定という機能の実態は何なのか?
主観的な体験としての「意識」とは何なのか?
そもそも行動を起こす仕組みとは何なのか?

そのあたりの個別の機能と脳との関係が分かれば興味深いですが、
それを調べるには現代の技術では制約が大きそうな気がします。

そのために糖尿病の人に協力を依頼するわけにもいきませんから、
動物実験をするのが精一杯のところでしょう。

マウスを遺伝子組み換えして、
先天的にインシュリン生産を低下させ、1型糖尿病のような症状を作る。

そして古典的条件づけとオペラント条件づけで別の学習をさせる。
通常時と低血糖時で学習した反応が起きるかどうかを比較するとどうなるか?

予測されるのは、
 通常時では、古典的条件づけ、オペラント条件づけの両方が働き、
 低血糖時では、古典的条件づけには反応するけれど、
 オペラント条件づけしたはずの行動は表れなくなる
という感じ。

可能であれば、オペラント条件づけの行動形成の際に
ステップの複雑さを変えながら用意すると、
多少は何か意味のある見解が示せるかもしれません。

ま、といっても予測を実験的に示すだけのことですから
得られる結論には何の驚きもないわけなんですが。


ということで、糖尿病の症状から、
「意図的な行動」と「意識」との関係が見て取れる
という話でしたが、
これが科学的に探究されるのは期待しにくいと個人的には感じています。

最終的には、
研究者自身が衝撃的な結論を受け入れられるかどうか
にかかってきてしまいますから。

cozyharada at 23:14│Comments(0)TrackBack(0)clip!NLP | 心理学

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プロフィール
原田 幸治
理系人材育成コンサルタント。
技術力には定評のあるバイオ系化学・製薬企業にて研究職として基礎研究から開発研究までを担当。理系特有とも言える人間関係の問題に直面して心理とコミュニケーションを学び始め、それを伝えていくことを決意して独立。
コールドリーディング®、NLP(TM)、心理療法、脳科学、サブリミナルテクニック、催眠、コーチング、コミュニケーションへ円環的にアプローチ。
根底にある信念は「追求」。

・米国NLP(TM)協会認定
 NLP(TM)トレーナー。

・コールドリーディングマスター
 講座石井道場 黒帯。
(コールドリーディング®は
有限会社オーピーアソシエイツ
http://www.sublimination.net/
の登録商標となっています)
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