2015年11月13日
夢の意識
明晰夢という状態があるそうです。
僕自身は体験したことがありませんが
夢を見ている最中に「これは夢だ」と自覚する状態。
夢の中でもメタ認知が働いているともいえますし、
出来事の連続性を保つための記憶の機能も働いているんでしょう。
普通の夢であれば、目が覚めたあとに
記憶の中に残っている流れを振り返って
「あれは変な夢だったなぁ」と感じます。
明晰夢では「これは夢だ」という自覚がありますから
出来事の進み方が不自然なことに気づきつつ、
かつ現実では起きないことが起きている不自然さにも気づけます。
つまり明晰夢の中では、その瞬間の体験を
記憶と比較する機能が動いていることになります。
これがつまり体験している内容を「意識している」ということで、
細かく言えば「意識として体験されている内容を意識している」状態でしょう。
この部分に『意識』という概念の曖昧さがあって
意識を研究テーマとしている人たちの中でも当たり前のように
それぞれが「意識」と呼んでいる内容に違いが見受けられます。
内的表象として作り上げられた一瞬の体験を「意識」と捉える人もいますが
この場合は、すべての生き物には意識があることになります。
しかし一般的に「意識」と呼ばれることが多いのは
「意識される」という意味で、「気づいている」に近い印象があります。
まぁ、この「気づいている(awareness)」についても
「寝ているか、起きているか」という意味で「意識がある」というのと
近い使われ方をすることもありますから、さらに定義が曖昧になります。
とはいえ、意識体験(内的表象)は
夢であってもイメージであっても現実の体験であっても
頭の中に作られるものとして意識の内容だとするのは妥当だと思われます。
普通の夢であっても意識体験として夢を見ているわけです。
しかし夢の内容に対して意識的であるか、気づいているか、という話になると
普通の夢では意識的とは言いにくいはずです。
夢だと気づいていませんし、そのストーリーの不自然さにも気づいていませんから。
夢の内容に対して意識的になるのは、夢から覚めた後。
つまり夢を思い出したときです。
逆に言えば、普段の生活で体験内容に意識的になっているのは
記憶を頼りにしながら、少し前の体験を常に思い出し続け(覚えておいて)
その流れをモニターしているからだと考えられます。
この出来事の記憶の連続性を維持するために使われる記憶の機能が
意識体験を「意識している」という状態に関わっていると僕は考えています。
いかにも人間らしい「意識」、つまり「気づいている」主体がある感じは
この状況や出来事の連続性を保ちつつ、過去の記憶と参照する仕組みに
強く依存しているだろうという考え。
そしておそらく、普通の夢と明晰夢の違いが
出来事の連続性を維持するための記憶の仕組みと関わっているでしょうから、
その記憶機能と対応した脳機能もあるのではないかと想像しています。
普通の夢と明晰夢のときの脳の働きの違いを調べたら
「意識」と関わる機能が見つかるかもしれない、と。
心理学で言われるような短期記憶とか長期記憶といった性質の違いではなく、
内的表象(意識体験)を作るために必要な機能として
記憶の性質を調べてみるのも意味のあることではないかと思います。
…という話を2年前ぐらいから考えていたんですけど
まぁ、自分で調べるほどの興味ではなくなってしまいました。
さらに明晰夢をトレーニングしていくと
夢をコントロールできるようになるそうですが、それについても
「コントロールしている感覚」との関連を調べたら面白いかもしれません。
ガザニガのいう「インタープリターモジュール」が夢のコントロールと関わっていたら、
いわゆる「意識の心」の性質として語られることの多い「意図的であること」
つまり「自分の意思でコントロールしている」という感覚についても、
脳の機能のレベルから見えてくることがあるんじゃないかと思います。
そこまでいくと知りたくないことが結論されてしまう可能性があるので
科学者たちには怖くて踏み込めないような気もしますけど。
僕自身は体験したことがありませんが
夢を見ている最中に「これは夢だ」と自覚する状態。
夢の中でもメタ認知が働いているともいえますし、
出来事の連続性を保つための記憶の機能も働いているんでしょう。
普通の夢であれば、目が覚めたあとに
記憶の中に残っている流れを振り返って
「あれは変な夢だったなぁ」と感じます。
明晰夢では「これは夢だ」という自覚がありますから
出来事の進み方が不自然なことに気づきつつ、
かつ現実では起きないことが起きている不自然さにも気づけます。
つまり明晰夢の中では、その瞬間の体験を
記憶と比較する機能が動いていることになります。
これがつまり体験している内容を「意識している」ということで、
細かく言えば「意識として体験されている内容を意識している」状態でしょう。
この部分に『意識』という概念の曖昧さがあって
意識を研究テーマとしている人たちの中でも当たり前のように
それぞれが「意識」と呼んでいる内容に違いが見受けられます。
内的表象として作り上げられた一瞬の体験を「意識」と捉える人もいますが
この場合は、すべての生き物には意識があることになります。
しかし一般的に「意識」と呼ばれることが多いのは
「意識される」という意味で、「気づいている」に近い印象があります。
まぁ、この「気づいている(awareness)」についても
「寝ているか、起きているか」という意味で「意識がある」というのと
近い使われ方をすることもありますから、さらに定義が曖昧になります。
とはいえ、意識体験(内的表象)は
夢であってもイメージであっても現実の体験であっても
頭の中に作られるものとして意識の内容だとするのは妥当だと思われます。
普通の夢であっても意識体験として夢を見ているわけです。
しかし夢の内容に対して意識的であるか、気づいているか、という話になると
普通の夢では意識的とは言いにくいはずです。
夢だと気づいていませんし、そのストーリーの不自然さにも気づいていませんから。
夢の内容に対して意識的になるのは、夢から覚めた後。
つまり夢を思い出したときです。
逆に言えば、普段の生活で体験内容に意識的になっているのは
記憶を頼りにしながら、少し前の体験を常に思い出し続け(覚えておいて)
その流れをモニターしているからだと考えられます。
この出来事の記憶の連続性を維持するために使われる記憶の機能が
意識体験を「意識している」という状態に関わっていると僕は考えています。
いかにも人間らしい「意識」、つまり「気づいている」主体がある感じは
この状況や出来事の連続性を保ちつつ、過去の記憶と参照する仕組みに
強く依存しているだろうという考え。
そしておそらく、普通の夢と明晰夢の違いが
出来事の連続性を維持するための記憶の仕組みと関わっているでしょうから、
その記憶機能と対応した脳機能もあるのではないかと想像しています。
普通の夢と明晰夢のときの脳の働きの違いを調べたら
「意識」と関わる機能が見つかるかもしれない、と。
心理学で言われるような短期記憶とか長期記憶といった性質の違いではなく、
内的表象(意識体験)を作るために必要な機能として
記憶の性質を調べてみるのも意味のあることではないかと思います。
…という話を2年前ぐらいから考えていたんですけど
まぁ、自分で調べるほどの興味ではなくなってしまいました。
さらに明晰夢をトレーニングしていくと
夢をコントロールできるようになるそうですが、それについても
「コントロールしている感覚」との関連を調べたら面白いかもしれません。
ガザニガのいう「インタープリターモジュール」が夢のコントロールと関わっていたら、
いわゆる「意識の心」の性質として語られることの多い「意図的であること」
つまり「自分の意思でコントロールしている」という感覚についても、
脳の機能のレベルから見えてくることがあるんじゃないかと思います。
そこまでいくと知りたくないことが結論されてしまう可能性があるので
科学者たちには怖くて踏み込めないような気もしますけど。